35年前の明星ハイツの販売パンフレット

2011.12.02

広島からやってきた売主の代理人、老齢の仲介業者は、私の目には日本昔話に登場する善良なおじいさん。言葉にするなら「翁」のように映った。髪の毛の無い、蛍光灯に光る頭をハンカチで時折拭い、私も新幹線で上京するのは何年ぶりでしょうかと、Nさんに話しかけていた。「翁」に手渡された明星ハイツの販売パンフレットを見て、まさかと目を見張った。まるで神田の古本屋で販売されているプレミアム付古地図のようだったからだ。文字も手書きという青焼き図面はすっかり黄ばみ、各住戸の間取り図も含めた資料10ページ分がホッチキスで留めてある。

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レトロですねと、Nさんも体を乗り出し、しきりに感心していた。手書き文字の説明文には35年前の日本人が、いかにマイホームを渇望していたかを偲ばせる文章が綴られていた。「明星ハイツは、最近流行のビジネスホテルやマンションにありがちな狭小さを補い、新婚のご夫婦から、独身サラリーマン、フリーランサーの仕事場兼住居、老人ご夫婦まで幅広くご利用いただける住まいです。立地は井の頭公園が近く、伝統的な土地柄と洗練された都会的ショッピングストリートでにぎわう武蔵野の中心。貴方のお好みに応じて、お好きなタイプをお選び下さい」今では考えられない古くさい言い回し。この青焼きパンフレットは法外なおまけだ。片や旅行者気分でお茶ばかり飲む「翁」の仕草に、まるで自分がタイムスリップしたような気になった。パンフレットの中の手書きのような地図には、大きく「東急デパート」「吉祥寺ステーションセンター」の場所が、最先端の流行でも追うかのように、くっきりと表示されている。1974年に建てられた明星ハイツの関連書類は、売主さんも一部紛失されていて、10年前に大規模修繕を行ったということだけを「翁」は繰り返し説明していた。このマンションが出来た時、私は中学生で、右も左も世の中のことは何もわからなかった。東京といえば芸能人とヤクザと光化学スモッグというイメージしかなかった。




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